そうだ、ケツ毛を剃ろう。
ケツ毛を剃った。
ケツ毛を剃ることに、深い理由なんていらない。
そこに存在しているのが嫌だった。
彼らは防人のつもりなのかもしれないが、邪魔である。
気付いていない。オフサイドラインに触れていること。
気付いてほしい。そこにいるとパスが出せないということを。
トイレに駆け込み、いくら絶妙なスルーパスを演出しても、ケツ毛という名のオフサイドトラップに絡み取られてしまっては、意味がないのだ。
なんの障害もなく、気持ちよくゴールした便でも、無意識に毛は触れている。
無数の毛によってハンドされている。神の手なんてものはない。そこにあるのは、毛。
うんちのついた、にっくき毛だけである。
ゴールネットを揺らしても、審判のフラッグは上がっている。
大便は駆け引きだ。精密さ、緻密さと絶妙なタイミングで走り出す勇気を求められる。
機が熟すのを待ち構え、便器という名のターゲットに的を絞り、 お尻の穴という名の銃口から便を放つ。
多くの人間がそうであり、皆おしりにシモヘイヘを飼いならしている。
ケツ毛がない人間は、だ。
ケツ毛保有者は、うんちを捕食し、食べ散らかす獣を尻に飼いならしている。
発砲後に自らの獣とも闘わなければいけない。言うなればマタギ。意図せぬ散弾銃を使う羽目になるのだ。
弾は大きくはじけ飛ぶ。銃口をトイレットペーパーで拭き取っても、とんちんかんな所から茶色が姿を現す。広範囲から茶色があらわれる。
おのずとトイレットペーパーを浪費する。お尻も悲鳴を上げる。拭き取り切れない、と。
スムーズにうんちを送り出すこと。
それが、お尻を守るということだと気付いてくれ。
お前らがやっているのは、自制心のかけらもない。愚行だ。
そもそも、外敵から守るための毛である。
どうして便を離さない。
俺のお尻でそんなにうんちと友達になりたいのか。離れるのが嫌なのか。
5時のチャイムでバイバイ出来ないのか。どうして終電で帰れないのか。
小学生なのかな。はたまたバカップルなのかな。
友好的な関係を結べるとでも思っているのか。
マギーも言っていた。「グレゴリーはヒルトップにいるべきではない」と。
チャンスは何度も与えた。でもケツ毛は変わらない。
トイレットペーパーにしがみついてくる彼らを、何度も見て見ぬふりした。
それでも彼らは懲りずに繰り返す。
もう、ただただ邪魔なのである。メリットが何もないのである。
デメリットしかない化け物が、おしりに定住しているのだ。
制裁を加えなければいけない。
答えはひとつ。
そう・・・・・・剃ればいい。
ぼくは、剃った。
ぼくの頭は空っぽだ。何ひとつ考えていない。
ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて剃った。
後悔はない。
ケツ毛に振り回される人生は、もうやめよう。
気になるなら行動すればいい。たかがケツの毛。されどケツの毛。
剃ってしまえばなんてことはない。
大きな自信、解放感が、そこには待ってる。
そういう気持ちを大事にしていきたい。
心の動く選択をしていきたい。
お風呂場に歩を進める。
右手に鏡を、左手に剃刀を。
「危険だ」
「お肌が荒れる」
そう言って、ぼくを惑わしてくるが、ぼくの頭はからっぽだ。
普段の髭剃りと何も変わらないハズなんだ。
カミソリを温めて、泡立てた肛門を、少しずつ、そう、少しずつ剃っていくだけ。
それだけだ。
これさえしっかり守れば、怪我なんてしない。絶対だ。髭剃りで毎回キズを作る人なんていないだろう?
ぼくは勇気をもって走り出した。でも冷静さは失っちゃいない。
この難題をクリアするために必要なポイントは、体勢にあると踏んだ。
目を付けたのは「——ぐり返し」である。
「でん」ではない。「まん」とか「ちん」の方だ。
辱めを受けているわけではない。受けというよりは、超攻撃的だ。
間違いなく、5トップ。
メッシ、クリロナ、レバンドフスキ、ネイマールにグリーズマン。
もうボール奪ったら、ロングボール入れれば勝てる。
その体勢になったら、両の脚のあいだに鏡を。
洗面器に泡を作り、剃毛支部とする。
お湯をカランで流しながら、剃刀に絡みついた毛を適宜、洗い落す。
ゆっくり慎重に剃り進める。
少しずつ開拓される未開の地。
股の間から覗く見たことのない景色。絶景。
もう何も邪魔するものは何もない。
思わず割れ目に手を滑らせた。
衝撃が走る。
つるつるしている。つるつるしているのだ。
おかしいと思うかもしれない。当たり前だろうと、そう思うかもしれない。
だが、それは違う。
今まではココナッツ、キウイフルーツがそこにいた。
あるべきものではないものだ。だがそれが当たり前だった。
今の僕は桃だ。つるんと皮の張った桃。
感動がそこにはあるのだ。
当たり前を、当たり前にできた幸せを、噛み締める。
そうして、ぼくのケツ毛との戦いは終わった。
今は少し伸びて来て、チクチクするが可愛いものだ。
樹海から来ている。こんなものはただの森林公園、公共施設だ。人の手が入っている。すぐに剃ってしまえばいいのだ。
ただ、ひとつ問題がある。
剃毛が理由なのかはわからない。
だがケツ毛とお別れをしたその日から、症状は出ている。
おならが、止まらない。
おならが、止められないのだ。
今まではテノールだったのに。突然のソプラノデビューも果たした。
「ミ#↑ファ#↑ソ#↑」
数珠つなぎになって出てくる。抗えない。笑えない。
意識のすき間から突然に歌いだす。
電車だろうとどこだろうと、急にミュージカルが始まる。
ケツ毛はもしかしたら、この危険から、ぼくを必死に守ろうとしていたのかもしれない。
でも今は、ただ、この無毛地帯から織りなされるオペラをも、愛くるしく思えるほど、
自分のお尻を愛でている。
みな剃刀を手に立ち上がれ。
そうだ、ケツ毛を剃ろう。
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もう二度とあんな日々には戻らないと、ここに誓う。